記憶法/記憶の科学

 記憶&クリエイト by Akira Takayama    記憶術と心理学が教える 賢い脳の使い方

                 第2章「心理学を応用した12の記憶法」 A.記憶の科学
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第2章 心理学を応用した12の記憶法



A.記憶の科学

1.人はなぜ忘れるのか
2.長期記憶のカギを握る扁桃体

1.人はなぜ忘れるのか?



1日に7割以上忘れる「忘却」との戦い

 「覚えることよりも忘れないことのほうが大事だ」ということに気づいていますか? 電話番号の瞬間記憶だったら、メモを見て電話機のボタンを押し終わった瞬間に忘れてよいわけですが、試験が相手ではそうはいきません。
 がんばってたくさん覚えても、20分後には4割以上忘れ、1日後には7割以上を忘れてしまう。これは19世紀のドイツの実験心理学者エビングハウスの研究ですが、実際、何度も復習しなければ、人によってはこれよりも悲惨な結果になってしまうでしょう。
 不思議なことに心理学では、記憶の研究よりも先に忘却の研究が進んだのです。それは脳科学においても同じです。戦争などで脳に損傷を受けて記憶を失った人の研究から、記憶のしくみが少しずつわかってきたという悲しい歴史があります。

 それはともかく、記憶は繰り返し学習によってのみ得られる、ということは長い間の常識でした。言いかえれば、「短期記憶」した情報を忘れる前に覚えなおし、それが「長期記憶」として定着するまで繰り返すのが学習の基本だったわけです。
 受験勉強はつまるところ、忘却との戦いだということになります。睡眠時間をどれだけ削れるかが勝負だ、とされた時代もあるのです。

「エピソード記憶」と「意味記憶」

 学校の教科は繰り返し学習しないと覚えられません。ところが、たった1回の学習で一生忘れないということもあります。
 自分が直接体験した感情をゆさぶる出来事のことです。運動会で一等賞になったこと。あるいは初めて自転車に乗れるようになった日のこと。親類に泊りがけで行ったときの出来事。家族旅行の一コマ。昔の家の周りの風景。初恋。入院…などなど。
 このように直接自分が体験したことの記憶を、心理学では「エピソード記憶」と呼んでいます。1972年にダルヴィングという人が提唱しました。

 それに先立って1966年、キリアンという心理学者が「意味記憶」ということを提唱しました。意味記憶は授業や本などで覚える知識のことです。たとえば「韓国の首都はソウルだ」とか、「でんぷんは最終的にはブドウ糖に分解される」などのようなことです。

 意味記憶とエピソード記憶の違いは、言われてみれば当たりまえのことで、難しいことは何もありません。学校の勉強は体験ではなく、頭で学ぶから覚えられないのだということが納得できたでしょうか。ただし、理科の実験などは体験しながら学習しますから、エピソード記憶との併用で頭に入りやすいのです。
 エピソード記憶は意味記憶にくらべて高度な記憶だとされています。エピソード記憶は生まれた直後にはなく、3歳頃から発達するようです。そのため、3歳以前に体験したことは記憶していないのがふつうです。
 なお、「1〜2歳のときの出来事を覚えている」と主張する方も時おり見かけますが、大きくなって聞いた話が昔の記憶として紛れ込むことはよくあることです。こうした「偽の記憶」は大人になってからもあることで、珍しいことではありません。

忘れることの意味

 意味記憶が長期記憶として定着するには、通常は繰り返し学習が欠かせないと述べました。しかし、エピソード記憶もそのほとんどはたちどころに忘れています。
 たとえば、あなたは朝起きて顔を洗い、ご飯を食べた後、学校または会社に行って帰ってくるまでのすべてを、克明に覚えていますか? 家を出たとき見かけた通行人や車、犬や小鳥、木立、草木や石ころ、商店の看板、耳に入る周囲の人の声…これら日常の断片のいくつをあなたは覚えていますか? 99%以上忘れているはずです。

 でもそれでよいのです。もしそれらをすべて記憶していたら…。想像できますか? 学校や職場に行っても、今朝見かけた看板の色や文字、壁のしみ、街路樹の枝の形、何百人もの通行人の顔や姿などが、洪水のようにあなたの頭に押し寄せたとしたら、パニックになるでしょう。
 忘れるということは、これを防いでいるのです。人は生命の維持に欠かせない重要なことから覚えていきます。日常のささいなエピソード記憶も、そして意味記憶も、大脳はどうやら生命の維持には重要ではないと判断しているようです。


2.長期記憶のカギを握る扁桃体



記憶をつかさどる少数精鋭部隊「海馬」

 近年、喜怒哀楽などの感情をつかさどる扁桃体が、長期記憶に深くかかわっているということで注目されています。
 しかしその前に、記憶といえば海馬(かいば)ではないか、という声が聞こえてきそうですね。ものの順番としてまず、海馬のことをお話しておきましょう。

 海馬は脳の中では小さな器官で、神経細胞の数は1000億個。脳全体の1万分の1に過ぎません。この小さな器官が大脳に入った情報の取捨選択をして、記憶全体をつかさどっているのですから不思議です。
 一昔前の脳科学の本には、脳細胞は毎日おびただしい数が死滅しており、決して増えることはないなどと述べられていますが、この海馬だけは細胞分裂を繰り返して増えるのです。中年になってからでも、使い方次第では海馬が重くなることがわかっています。
 海馬は、パソコンでいえば一時的なメモリーの役割を果たします。そして必要があれば、パソコンを終了する前にデータを保存するのと同じように、海馬もデータを大脳皮質に送って長期記憶として保存します。大脳皮質からメモリーを呼び出すことが思い出すという作業です。
 余談ですが、海馬という漢字はタツノオトシゴとも読みますが、その名のとおりタツノオトシゴのような形をしています。海馬に損傷を受けると、その後の記憶はまったく残らなくなります。

情動をつかさどる扁桃体は海馬とつながっていた

 小さな海馬がどのようにして長期記憶を決定しているのかは、よくわかっていません。しかし、近年の脳科学の研究によれば、扁桃体(へんとうたい)という直径1cm位の丸い形をした器官が海馬と影響し合っていることがわかってきました。
 扁桃体は大脳皮質の内側にある大脳辺縁系の下のほうに位置しており、快不快を判断するのが主な役割です。私たちが見たり、聞いたり、臭いをかいだり、触ったり、味を味わったりしたときに得た感覚情報は、大脳皮質から扁桃体に伝わり、好き嫌いが判断されます。
 異性が好きになるのも、カレーライスやテディベアが好きになるのも、この扁桃体の仕業だったのです。

 扁桃体は海馬の隣にあり、好き嫌いや快不快の感情を海馬に伝えます。そのため、心を大きく揺さぶるような出来事は、いつまでも記憶にとどめられています。
 好奇心を刺激する好きな科目や、大好きな先生の授業の成績がよくなるのも、扁桃体が海馬に影響しているためだといえるでしょう。逆に、嫌いな先生の受け持つ科目やまったく興味が持てない科目は成績が悪くなります。経験したことはありませんか?
 ことわざに「好きこそ物の上手なれ」とありますが、まさにこのことをいっているのです。もっとも「下手の横好き」ということわざもあり、昔の人はかなり皮肉屋だったようです。
 童話や昔話が覚えられるのも、繰り返し聞かされるからということだけでなく、個性的で生き生きとしたキャラクターや、奇想天外なストーリーが好奇心を刺激し、感情を揺さぶるからです。

                                       図解イラスト提供:キオテック・記憶術講座

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