第1章「脳の使い方を変えよう」 D.イメージと記憶術
11.五感の中では視覚が最も重要古代ギリシャの偉大な哲学者であり科学者でもあるアリストテレスは、記憶においては五感の中で視覚が一番重要であることをすでに看破しています。ご存知のように、五感は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のことを指しますが、機能が衰えてきて最も困るのは視覚かもしれません。 私たちは授業やセミナー、講演などで、大切なことはメモを取ります。あとで見るためという目的もありますが、手を動かす感触と、自分の書いた文字を見るという行為が、記憶を深める効果があります。聴覚だけでは不十分なのです。 ところで、味覚と嗅覚は、味と臭い以外のものを記憶することができません。触覚は想像で補うことによってものの形を記憶することができます。しかし、普通の人が目隠しして触覚だけで物を当てるゲームをやってみると、意外に難しいものです。つまり、私たちはものの認識や記憶の多くを視覚に頼っているのです。 視覚が認識や記憶において最も重要であることは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のそれぞれに関係した言葉を探してみるとはっきりします。視覚に関係した言葉が圧倒的に多いはずです。 あなたも、連想力テストを兼ねて実際に書き出してみませんか。それぞれの言葉を4つほど例示しますから、その続きを紙にできるだけ多く書いてみてください。 ※制限時間=各3分
連想力テストは、それぞれいくつ書けましたか? 味覚と嗅覚は苦労したはずです。そして、視覚に関係した言葉が圧倒的に多かったことを実感できたでしょうか。それだけ視覚には情報量が多く、また感情に訴える力があって、ものごとの認識や記憶に大きな役割を果たしているのです。 昔の人は良いことをいいました。「百聞は一見にしかず」と。 言葉はものや概念に対して名づけた記号に過ぎません。だから、記号である言葉は忘れやすいのです。そこで記憶術では、言葉を視覚的なイメージに置き換えて覚えます。頭の中に広がった豊かなイメージが、しっかりと記憶として定着するのです。 12.言葉はイメージによって命が宿る記憶術は言葉そのものを覚えるのではなく、視覚的なイメージを頭に描いて覚えるということを述べました。しかし、これだけで記憶術をイメージできる人はほとんどいないでしょう。「イメージ」という言葉がやっかいなのですね。 「イメージ」は、頭(心)に思い浮かべる情景や映像というような意味ですが、視覚的なことから離れて「印象」という意味でも使われます。「お店のイメージダウンだ」などの使い方です。また、パソコン用語では「画像」そのものを意味します。 記憶術で使うイメージは、頭に思い浮かべる映像、情景、心象、形象といった意味に限定されます。つまり、言葉を視覚的な像として思い浮かべることです。 たとえば、「りんご」を頭に描いてみてください。すぐさま赤い、つややかなあの形を思い描けたことでしょう。それがイメージ です。では「レッサーパンダ」はどうでしょうか。動物園の飼育係でもない限り、りんごのようにはっきりとした画像は頭に浮かばないかもしれません。でも、なんとなく黄褐色で尻尾の長いふわふわしたイメージが浮かぶのではないでしょうか。それでよいのです。イメージはもともとあいまいなものですから…。あいまいだからこそ、瞬間的に強く頭に焼きつくのです。私たちは日常の会話の中で、あるいは本やラジオ、授業や仕事の中で、無意識にイメージを頭に描いているはずです。まるで空気のような存在ですね。でもイメージすることを禁止されたら(そんなことは不可能ですが)、ほとんどの思考や会話がストップしてしまうはずです。記憶術ではそのイメージを意識的に使うのです。 13.右脳、左脳、前頭葉を連携して使う記憶術「右脳を鍛えると、脳力がアップする」というような本は、世の中に掃き捨てるほどあります。たいていの方がなるほどと思ったのではないでしょうか。 右脳と左脳の役割をよくご存じない方のために簡単に説明しますと、左脳は別名「言語脳」あるいは「デジタル脳」と呼ばれ、右脳は「アナログ脳」ないし「イメージ脳」と呼ばれています。左脳は、言語的推理能力や計算、数理的推理、論理思考などを司っています。一方、右脳は図形や映像の認識、空間認識、直感、ひらめき、全体的な情報処理などに関わっています。 つまり、学校で勉強することの多くは左脳中心であり、右脳がおろそかになっているので、右脳を使うことによって潜在的な能力が大幅にアップする、ということです。 ところが、最近の脳科学の研究によれば、右脳と左脳を別々に使うことはできないのだそうです。よく考えれば、確かにそれは当たりまえのことかもしれません。 たとえば、先ほどのりんごをイメージする場合を考えてみましょう。「りんご」という単語の意味を理解するのは左脳の働きです。そして、それをなんとなくイメージするのは右脳の働きです。脳の片側だけを使うのは不可能ですね。 ただし、言葉をイメージする作業は、通常は無意識に行われるので、ふだんはあまり気がつきません。記憶術ではこれを意識的にしっかりとイメージ化します。まるで実際に見たかのように、意識を集中してイメージするのです。記憶術は、右脳と左脳を脳梁(のうりょう)というブリッジで連携して働かせ、しっかりと記憶の回路を作る技術だったのです。 ところで、新しいことを覚えるということは、それまで知らなかった二つの事柄を結びつけるということです。たとえば、「樋口一葉の代表作はたけくらべ」、というような場合、樋口一葉という名前だけ覚えても、意味がありません。名前と作品は必ずセットです。 そこで記憶術では必ず、イメージ(項目A)とイメージ(項目B)を連結させることになります。 「樋口一葉」の例でいえば、「たけくらべ」とドッキングさせて、次のように奇抜なストーリー(イメージ)を作るわけです(序章1参照)。 「樋口一葉が五千円札から飛び出して、たけくらべをした」 こうした記憶術独特の方法は、右脳ばかりでなく、意欲や創造に関係している前頭葉をも使っています。 意欲とは、未来に対して積極的なイメージを描くことです。そして、創造も意欲と深いかかわりがあります。 意欲のあるなしは、人の能力の発揮に大きな影響を及ぼします。同じ能力の人が競争したら、間違いなく意欲のある人のほうが勝ちます。それどころか能力があってもやる気のない人は、現在は脳力が劣っていても意欲の持続する人に、あっという間に追い越されてしまうでしょう。意欲とは能力を引き出す魔法のたんすなのです。 記憶術ではそうした意欲に関係する前頭葉をも動員する覚え方です。 ページトップへ 14.集中力をどうつけるか人の話を聞いているとき、声は聞こえているのにまったく頭に入らないというようなことは、だれでも経験があるはずです。また、本を読んでいるとき、目はしっかりと活字を追っているのに、意味がまったくつかめないということもあります。 集中力が極度に落ちているか、別のことをぼんやりと考えているような場合です。脳が半分眠っている状態と同じですから、理解力も記憶力も停止状態です。 能力と学習時間が同じでも、集中力がどれだけ持続するかによって、その効果は大きく変わってきます。教科の勉強でもスポーツでも同じですが、集中力のないトレーニングは疲れるだけで、かえってやらないほうがましという場合さえあります。 集中力は個人的な能力、資質に関わる部分と、その人の置かれた環境や精神状態、趣味や好みなどに関係する部分があります。 だれでも好きなことには集中できますが、嫌いなことには集中できません。やる気を起こすにはどうしたらよいか、そこがポイントになります。無理やり自分の脳をだまして、試験勉強が好きなのだと思い込ませることができれば、苦労はありません。でも成功率は低そう。できれば嫌いな科目の中にも、何とか興味の持てるものを発見したいのです。 その昔、地理の苦手だった私は、中国の地名の現地読みやソ連(現ロシア)の地名の語尾など、本筋から外れた言語学的な興味を持つことによって、かろうじて地理をおもしろいと思いこむことに成功しました。 また古典は、枕草子や源氏物語などの対訳本のあらすじをひたすら読んで、小学時代に熱中した今昔物語の世界に脳をワープさせました。 自分の脳を楽しませるにもテクニックがいるのです。そしてそのキーワードは「好奇心」です。好奇心の強さと集中力はある程度比例します。何ごとにも興味を示さない人は、何も身につきません。 古今東西の天才といわれる人の中には、エジソンやアインシュタインのように、子供時代はぱっとしない人も少なくありませんが、共通しているのは、ある時期から並外れた好奇心と集中力の持続によって、一気に隠れた才能を開花させたことです。天分とは「異常なまでの集中力の持続」の帰結かもしれません。 15.記憶術で集中力や創造力も身につく記憶術で2つの単語をペアで覚える場合、言葉をイメージ化してストーリーでつなぎ合わせて覚えます。 具体的な例を挙げてみましょう。たとえば「ろうそく」と「ラジカセ」を関係あるものとして覚えなければならないとします。その際、ストーリー化の形は「ろうそくが(を)ラジカセに○○した(された)」というような形になります。たとえば次のようになります。 イメージ1 : ろうそくがラジカセの上に乗っている。 イメージ2 : ろうそくでラジカセをたたいた。 イメージ3 : ろうそくがラジカセを持ち上げた。 記憶術ではどんなイメージ作りをしようと自由です。とはいえ、イメージ1はどうでしょうか。当たりまえ過ぎて印象が弱いと思いませんか? ろうそくが何の上に乗っているのか、あとで忘れる可能性があります。このように記憶術を習い始めた頃には、イメージが弱いために再現できないということがしばしば起こります。 そこでろうそくにもっと能動的に働いてもらうと、イメージ2になります。これなら合格です。実際にやってみれば、2のほうがイメージが消えにくいことに気がつくはずです。 さらに発展させたのがイメージ3(左イラスト)です。ろうそくを擬人化しているのですね。最初はイメージ3のような光景はすぐに出てこないかもしれません。でも、練習していくうちにすぐにコツが身につくはずです。なぜなら、イメージ作りには先ほどの「擬人化のテクニック」のようにいくつかの公式があり、想像することが少し苦手な方でもすぐにできるようになるからです。 こうしたトレーニングを繰り返していくうちに、想像力や発想力が次第に豊かになっていくことは確実です。ひいては創造力につながっていくでしょう。 また、イメージ作りは集中力も要求されますから、人から見ればばかばかしいと思えるイメージ作りに熱中しているうちに、集中力も知らず知らずのうちについてくるはずです。集中力は、それを何度も体験することで強化されていくのです。 ところで、先の例題で「ろうそく」と「ラジカセ」をドッキングさせることが、実際の教科への応用とどう結びつくのか疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、こう考えてください。最初は具象的でやさしいイメージから練習をするのが、記憶術習得の近道なのです。 それに、先のイメージはまったく意味がないわけではないのです。数字記憶法では「ろうそく」は数字の形から「1」を意味し、「ラジカセ」は五十音変換で「93」となります。高山流のやり方では、この組み合わせは小数の「1.93」を意味することになります。 記憶術は、理解するだけでは覚えられないややこしいことを、一度にたくさん覚えるのに適した「丸暗記の技術」です。しかし、そればかりでなく、脳の使い方を少し変えることで、集中力や創造力という副産物もついてくるのです。 ページトップへ Copywrite: Akira Takayama |